MalRECs

忘れたことは覚えている

microKORGの仕様のはなし

microKORGの仕様のはなし 前編

 

f:id:malsystem:20200908231211j:plain


microKORGの話です。
ICONとかでも特集されたりしていますが、個人的に気になっていたこともありあちこちで見た意見をまとめてみたいと思います。

 

 

◆この記事の方向性

・構成
 前半でmicroKORG発売以降のミニシンセ史について、後半で製品の特徴とそれがどう受け入れられたかについての考察を書いています。オリジナルのmicroKORGの話がメインで、後継のXLの話は関連製品程度の扱いになります。

 

・ざっくりと
 1. 仕様面の特徴がより多くの人にリーチし、シンセ弾き以外の層が買った
 2. 単一の特徴ではなく、いくつかの特徴的な要素の組み合わせがバランス良く相乗効果を発揮した
という方向で書いています。今回の前編では時間軸の話がメインになるため、1,2についてはあまり触れていません。

 

・大まかな仕様とかUIとかデザインの話がメイン
音の特徴に関しては筆者の知識と耳がポンコツなのであまり言及しないです。

 

・後の時代から振り返っての話が多い
リアルタイム世代ではないので当時のリアルな空気感とか同時代の他製品については薄いです。

 

・長い
書いてたら長くなりました。今回は前編ですが読むのにおそらく20分くらいかかります。

 

◆想定する読者

この文章を書くに当たり、以下のような読者を想定しています。

  • シンセサイザーの一般的な用語が分かる方
  • 楽器の仕様とかマーケティングみたいな話を読みたい方
  • これまで見聞きした話を整理してどこかにまとめたい筆者

 

◆書いている人

 

 

~~~前置きはだいたいこのへんまで~~~

 

 

 

◆概要:microKORGとは

 

f:id:malsystem:20200908231211j:plain

・まずざっくりとした基本情報
 2002年発売
 発売当時の定価は54,000円くらい
 奥行きも横幅も小さいミニ鍵を採用
 ボコーダー(マイク付き!)を搭載

 

・機能面
 最大同時発音数4音、2ティンバー、バーチャルアナログ(以降VA)+D.W.G.S.(KORG式の波形メモリ音源)の37鍵ポリシンセ
 音源の中身は発売の2年前に出たMS2000がベース
 最大の特徴は本体付属マイクを使ったボコーダー機能
 軽量小型かつ電池駆動可能

 

・市場面
 2002年に販売開始、2009年時点で10万台を突破、累計販売台数は15万台超(諸説あり)との噂
 2020年現在も売れ続けている(2017年には15周年記念プラチナカラーが発売)らしい
 10万台を超えるとシンセ史でもかなり上位に入り、比較的安価なものとして見ても記録的
 特に生産・販売期間については18年間販売が続いているシンセって他に無いんじゃないだろうか?
 (ドラムマシンではALESIS SR-16(1991年発売)が2020年でも現役みたいですね。すごい……。)
 デジタルシンセに限定すればチップを自社生産でもしない限り今後も永久に現れなそう

f:id:malsystem:20200908231348j:plain

ALESIS SR-16

 

 

◆使われている曲とか

Prodigyが制作で使っているらしい
Girls / The Prodigy

www.youtube.com


また、見た目の良さからかMVでもかなりいい構図で出てくる。

Yeah Yeah Yeahs / Heads Will Roll

www.youtube.com

イントロからいきなり出てくる。ただ、リフの音源はMellotron Roxy SFX 2との噂。
パネルを見ると電源入っていないけど代わりに何故か鍵盤が光る。そしてLINE INのみに挿している。なるほど?

 

Drop It Like It's Hot / Snoop Dogg ft. Pharrell

www.youtube.com

1:20あたりでかなりおいしい登場をする。音源は不明(microKORGではなさそう)。

使われている曲は色々あるっぽいですが、あまり紹介していると進めないのでこのへんにしておきます。

 

 

◆時間軸的なところ

~~以下、microKORGの出たゼロ年代前後のミニシンセ史的な話です。~~

 

80年代に出たMIDI規格、FM音源ワークステーション等の技術によりデジタル音源は急速に発展した。技術面での時代の追い風によってデジタルシンセサイザーも低価格化が進み、90年代に入って以降のシンセサイザーワークステーションを筆頭にデジタル音源がメインストリームになる。


デジタル技術でアナログシンセらしい挙動を再現したNord Lead(1995)が出て以降、バーチャルアナログ(VA)シンセという一つのジャンルが生まれる。各社様々なアプローチを試みる中、KORGが他社より一歩遅れて2000年にMS2000を発売。そこからMS2000の音源エンジンの技術的資産を流用する形で2002年にmicroKORGが発売されヒット製品となる。

f:id:malsystem:20200908232012p:plainf:id:malsystem:20200908232009j:plain

Nord Lead, MS2000

 

microKORGヒット以降のKORGは、microシリーズとしてmicroKONTROL(2003), microX(2006), microSAMPLER(2009)など小型を謳った製品を次々発売。後継機に当たるmicroKORG XL(2008)やmicroKORGXL+(2012)も初代のリプレイスにはならず、2020年時点では無印・XL+・S(スピーカー付き)の3種類が並行して販売されている。


また、microシリーズを謳ってはいないがR3(2007)がmicroKORGに近いフォーマット(37鍵、RadiasのMMT音源を採用、ボコーダー付き)で発売されている。開発者インタビューではRadias/R3がmicroKORG XLのベースと言われているため、同じmicroKORGを謳っているが内部的には別物のようである。

f:id:malsystem:20200908232122j:plainf:id:malsystem:20200908232120j:plain

R3, microKORG XL

 
上記のようにゼロ年代はmicroシリーズの成功に乗る形で、上位機種の開発と並行してミニシンセという一つの発明が様々な角度で開拓されていった。

 

 

microKORGがどういう立ち位置だったかについてもう少し掘り下げるためにここでgoogle trendsで世界のmicroKORGの検索を見てみる。

f:id:malsystem:20200908232213p:plain

 

最長期間の2004年〜2020年現在までで検索トレンドを見ると、2004年からゆるやかに検索が増え、2008~2009年あたりがピーク、以降は長い期間をかけて減衰している。2008年末にmicroKORG XLが発売しているため、中頃のピークは初代+XL両方の検索による盛り上がりと見られる。

 

機能との関連を見ると、Virtual Analog, Analog Modeling Synthesizerともに最も古い記録である2004年時点がほぼピークで以降は減衰しており、検索数的にもかなり規模は小さいように見える。特にバーチャルアナログに関わる何かが製品のメインフィーチャーとして売上を後押ししていたわけではなさそうである。

 

一方、Vocoderで検索傾向を見ると2004年時点がほぼピークだが2007年頃に盛り返し、2008~2009年にかけて(microKORG XLのあたりで)再度山が来ている。2007年頃からXLの発売までの間で徐々に盛り上がっている箇所はmicroKORGの山も似たような動きをしており、ボコーダー機能に関心が高まったきっかけがこの頃にあったように見える。(図中赤線がボコーダー

f:id:malsystem:20200908232252p:plain



ここでボコーダーからは一度離れるが、Britney SpearsのWomanizer(Oct, 2008)やKanye Westの808s & Heartbreak(2008, Nov)などによってオートチューンが急激に盛り上がり始めるのがこの時期になる。


オートチューン技術が出たのが1997年、Daft Punkがオートチューンを使ったOne More Timeをヒットさせるのが2000年。その後2000年代中頃には物珍しさも無くなり冬の時代が来たものの完全消滅はせず、T-PainがRappa Ternt Sang(2005)やEpiphany(2007)などでラップとオートチューンを組み合わせるスタイルでヒットを出すなど、徐々に盛り返している時期がある。

f:id:malsystem:20200908232341p:plain


脱線したが、オートチューンを用いたの曲が衰退して無くならなかったことで「あのロボットっぽい声を出せるもの」を探して結果ボコーダーに興味を持った層は一定割合いたのではないか、と推測する。

ただ、その後大きくは復活せず検索数も緩やかに減っていった所を見ると、ボコーダーの長期的な復活には繋がらなかったようである。

 

ちなみにここまで真面目に読んでいる人には説明はいらないかもしれないが、オートチューンは「声などの音程を特定の音程に強制的に補正する」エフェクトであり、ボコーダーは「楽器の音に声でエフェクトをかける」ものになる。

一般に「ロボットボイス」と言われるものはこの両方を含んだ扱いをされるが、その実態はたこ焼きと焼きタコくらい違う。

f:id:malsystem:20200908232405j:plainf:id:malsystem:20200908232407j:plain



 

補足として音に関して少しだけ言及すると、microKORGシンセサイザーとしての出音はボコーダーと相性がいいという評価をされることがある。

また、トークボックス(パイプを口にくわえて声のようなエフェクトをかけるエフェクター)ともセットで用いられることが多いようである。KORG自体が過去にボコーダーを出していたこともあるので、音源自体にも声と相性が良いようなチューニングがなにかあるのかもしれない。

The Schultz Family "Talk Box" Performance of "Finesse" by Bruno Mars | America's Most Musical Family

www.youtube.com

 

 

◆同時代の製品群

上記のボコーダー/オートチューンの時間軸を踏まえて、2002年から10年間程度の区切りでmicroKORGに近い仕様のミニシンセ・ボコーダー系製品を見てみる。

ミニシンセの枠ではALESIS micron(2004)がボコーダー無しで発売、その後AKAIとALESISの共同開発でエンジンを流用したボコーダー付きシンセminiak(2009)などが発売。
Rolandボコーダー付きボイスアンサンブルキーボードVP-550(2006)を発売しているが、これはクワイアーなどのアンサンブルに特化した長物のキーボードで方向性としては若干異なる。

f:id:malsystem:20200908232511j:plainf:id:malsystem:20200908232529j:plain

micron, miniak

 

novationはmicroKORGと同じ着想でVA/ボコーダー付きのK-Station(2002), 小型シンセとしてはX-Station25/49/61(2004)やXioSynth(2007), microKORGに近い仕様のULTRA NOVA(2010)やMINI NOVA(2012)などカテゴリの近いラインナップで発売している。
過去に小型アナログシンセのBass Station(1993,1999再発)を出していたこともあり、VAが出て以降このあたりのVAミニシンセのラインナップが欲しかったのかもしれない。

f:id:malsystem:20200908235550j:plainf:id:malsystem:20200908232646j:plainf:id:malsystem:20200908232658j:plain

K-Station, ULTRA NOVA, MINI NOVA

 

ただ、novationのMINI NOVAはボコーダーやジャンルセレクトノブなど、仕様を見るとどうにもパクリジェネリックmicroKORG感はある。

f:id:malsystem:20200908232834j:plain f:id:malsystem:20200908232845j:plain

microKORG XL/MINI NOVA 比較

 

発売時期的にK-StationはmicroKORG, NOVA2つはmicroKORG XL/XL+(2008, 2012)に真っ向からぶつかりに行くものの、結果を見るとmicroKORGがその後生き残っている。

 

こうして見てみるとボコーダー・バーチャルアナログ・ミニシンセの三点といういずれも若干ニッチな組み合わせではあるものの、発売後数年間はnovation以外に競合となる製品が無かったようである。
ボコーダーについてはあの手の飛び道具的なサウンドは一度ピークを過ぎると一気に古臭くなる可能性が常にある。そのため、後発で開発を始めても発売する頃には誰も見向きもしなくなっている懸念が、少なくとも2000年代中頃まではあったのではないかと想像する。
ボコーダー抜きでバーチャルアナログのミニシンセという枠で見ても「microKORGが売れたのはボコーダーのようなキャッチーな機能があったから」「ミニシンセだと機能面と操作面の制約が多く下位互換になりかねない」というような議論もあったのではないだろうか。


2010年以降はVAの時代を経てからのアナログシンセ回帰の流れと並行し、PC上のソフトウェア音源の普及もより進みんだことで、「USB MIDI経由で発音制御でき、コントローラーとしても使える小型のアナログシンセ」が増えてくる。
アナログシンセ回帰以降の話まで含めると非常に長くなるため、今回は割愛する。


-----

 

だいぶ長くなってしまいましたが時間軸的なところは大体こんなところではないでしょうか。

ミニシンセの文脈に寄るあまり、主力側のハイエンド機がどう進化していたかなどについては全然触れていませんが、話が発散し過ぎて焦点が分からなくなるためここでは触れないこととします。

 

結果から見ると競合となるnovationのミニシンセが獲得できなかったユーザ層を開拓し、他社が後発製品を出しにくい仕様の中でそのまま定番化したことが最大の優位点となったように思います。
もちろん、時代を考えるとデジタルシンセとしてのスペックはものの数年であっという間に陳腐化してもおかしくありません。純粋に出音が愛されていた、などのスペックで語れない部分が少なからずあったのだろうということは間違いないと思います。

 

それを踏まえた上で、やはり純粋な出音のみで一つの製品がこれだけの長期間売れ続けることは難しいとも思います。

 

今回はこんな感じで。

 

 

 

 

 

◆参考にした記事

 

ASCIIの記事でモロにかぶる話があるので参考にしています。
[1]あの会社のシンセサイザーは10年経ってもまだ売れている

ASCII.jp:あの会社のシンセサイザーは10年経ってもまだ売れている (1/5)

 

こっちのICONの記事も参考文献の一つとして置いておきます。
[2]製品開発ストーリー #29:コルグ microKORG S 〜 筐体デザインはそのままに2+1スピーカーを搭載、より“楽器”としての完成度を高めたミニ鍵シンセの名機

製品開発ストーリー #29:コルグ microKORG S 〜 筐体デザインはそのままに2+1スピーカーを搭載、より“楽器”としての完成度を高めたミニ鍵シンセの名機 - ICON